A 大学院を卒業して、NTTに就職しました。最初の仕事が音声サービスの研究開発で、伝言ダイヤルの音声インタフェースの考案と評価。それから三次元仮想空間(VR)における複数ユーザ間での情報共有についての研究を若手数名で始めました。この研究の応用分野の一つとして「教育」を掲げたのが、私と教育とのつながりのはじまりです。
その後、自分の子供が生まれ成長すると共に、子供の育成や教育に関心が出てきました。中でも、教育とテクノロジーの組み合わせが面白そうだと思い、企業から派遣される形でスタンフォード大学大学院教育学研究科のLDT(学習・設計・技術)専攻に留学したのです。そこで、工学に続き2つ目の修士号を教育学で取得しました。卒業後企業に戻ってからは、研究開発の国際連携やマネジメントなどが主な業務となり、教育関係に直接携わる機会はあまりありませんでした。
そして、マネジメントの仕事がメインになった50歳頃、このまま同じ会社に残れば、国際関係か通信技術開発のいずれかにしか携われないと感じ、教育という分野をもう少し突き詰めてみたいと思ったんです。そこで、「eラーニングをeラーニングで学ぶ」という熊本大学大学院教授システム学専攻博士後期課程に、NTTに在籍しながら入学することにしました。働きながらインストラクショナルデザインを学ぶ間に、希望がかない、研修サービスを提供しているNTTのグループ会社へ異動。スマートフォンで学べる高校生向けの大学受験教材のシステム開発・運用を担当し、その間、多くの高等学校を訪問しました。
この仕事を3年続けて、また異動となったころから、転職先として大学教員もあるんじゃないかと思うようになりました。幸い、NTTの研究所は多くの社員が転職して大学教員として働いているということもあり、同期にも先輩にも後輩にも大学教員がたくさんいたので、さまざまなアドバイスをもらうことができました。
A 会社のつながりをはじめ、出身大学や学会活動での知人にも、大学教員の職を探していることを自ら積極的に話していました。ちなみに、学会は教育システム情報学会、日本教育工学会、人工知能学会、情報処理学会などに入っています。やはり、発信も受信も感度と頻度を上げることが大切だと思いますね。知人から大学教員に関わる人の話を聞いたら、そのつてを辿って本人に話を聞きにいくこともしました。
現在の職へのもともとのきっかけは、私がeラーニングの業務に就いていた当時、eラーニングのレクチャーを依頼されたこと。NTTグループのさまざまな部署をはじめ、学校や塾などにもeラーニングやICT教育についての説明を行っていたのですが、その中の一つが、私が今在籍する東京通信大学の設立準備プロジェクトでした。それが本大学の開学2年ちょっと前のことです。本当にどこにご縁があるかわからないと感じています。ちょうどタイミングがうまく一致したので、大学教員になっていますが、そこがずれていたらここには今いないかもしれませんね。
A 授業では、情報社会やデザイン思考など多くの講義を担当しています。自分の周りの環境、自分の行動、自分の将来計画を作ることを含め、自分自身をどうデザインするかというテーマで学生に考えてもらいたいと思っています。大学時代も含めて、30年以上さまざまな研究開発を行ってきたので、その経験を活かして授業を組み立てていますね。関連して、効果的な学生のサポート方法についても研究しています。例えば、オンラインの学習環境下でどうすれば学生は学習意欲を維持できるのかを明らかにし、そこにフロー理論を組み込み、自分が集中できる環境を自分自身で作り出すセルフマネジメントを継続することで、学生が自分の学習意欲の改善につなげる、などのテーマに取り組みたいと思っています。
大学教員になって、基本的な仕事が教育と研究にしぼられたことで、自分のやりたいことが純粋化されたように感じています。今の楽しみは、学校設立以降初となる来年の卒業生が、社会で活躍するところを見聞きすることですね。
A 今面白いと思っているのは「人」の成長を支援する環境です。理想と思う高等教育は、教員があまり教えなくても学生のほうから問いかけたり、学生のコミュニティにおける学び合いの場で互いに切磋琢磨しつつ学んだりするもの。つい手厚くサポートしたくなるのですが、やはり育てたいのは自律的な学生なので。例えば、江戸時代の寺子屋は、生徒の年齢も学力も目的もばらばらで、でもそんな人たちが一か所に集まって先生が教えて回ったり、生徒間で教え合ったりしていたんですね。そういう環境自体を「オンライン寺子屋」として、オンライン上で作りたいですね。
できる学生ばかり集めるとそれ相応の教育はできると思いますが、そうではなく、学生によっても分野によって得手・不得手があると思うので、得意な学生が不得意な学生に教えることによって生じる相乗効果を期待しているんです。教えることで、できる学生は自分の学力を伸ばせるし、できない学生にとっても、先生よりも身近な学生に教えてもらう方が分かりやすいから、だんだんと吸収していく。均一の環境よりも、多様な環境の中で、それぞれの学生がそれぞれの目標やゴールを目指す、その学習コミュニティの中で、それぞれが自律的に学べる環境を作りたいと思っています。
A 現状、大学教員の求人を見ると、やはり研究実績と教育実績が求められています。特に研究実績がないとなかなか大学教員として受け入れてもらえない。大学にもよりますが、やはり研究をずっとやってきた人は、大学の非常勤で教えるといった教育実績、教育をずっとやってきた人は実践結果を学会で発表するなど、研究実績を積んでおかないと、公募も含めて実際のところにつながりにくいと思います。
研究実績と教育実績どちらを重視するかは学校にもよりますが、私の場合、NTT研究所は入社してすぐの新人のときから社外で発表する機会が多くありました。加えて多くの特許やシステム開発にも関わってきたので、研究実績としてはある程度ある方でしたが、一方で教育実績としては大学で教えた経験がほとんどありませんでした。ただ、私の研究対象自体が教育分野だったので、小学校から大学まで、数多くの授業を見てきたこと、教員の授業支援や教材作り・システム作りも数多く行ってきたことが、教育実績として有利に働いたのかもしれません。
実際に大学教員になってみて、高等教育の在り方について多々思うことはありますが、現状、学生の落ちこぼれをなるべく少なくするための学生支援が教育業務になっている大学も少なくありません。少子化の影響で、高校卒業直後の学生数は今後どんどん減って大学は淘汰されていくかもしれません。その中で、どういうところに特色を出してどんな形で学生の学びを支援していくかが、今後大学に求められていくと思います。この傾向がこのまま進むのであれば、教員側も研究だけでよいのではなく教育についても注力せざるをえない。それもあって、やはり人が成長することに喜びを見出せなければ大学教員として働くのは難しいと思います。私も去年別の大学で、学生の卒業研究の指導をしていたのですが、その卒業研究の発表を見に行ったときは、自分が発表するよりも緊張しました(笑)。しっかり発表している姿を見るとすごくうれしくて、喜び倍増でした。人の成長に自分が貢献できることは、自分が成長することよりも大きな喜びだと実感できる人がいいですね。
A 「何とかなる」。これに尽きます。躊躇していたらまず難しいので、チャレンジ精神と「思い」をもってトライして、失敗して当たり前という意識で行動することが大切です。公募案件をたくさん受けることも重要で、私も10校近くは受けたと思います。もちろんうまくいかないときは大変落ち込みますが、そこであきらめていたら今の自分はなかったですね。一日落ち込んだらもう一度頑張ろうと気持ちを切り替えていました。前向きに一生懸命活動を続ける中で、どこからか縁やつながりができてきて、うまくいくんだと思います。
Vol.01 学校法人 産業能率大学 経営学部 教授 佐藤義博先生
Vol.03 徳島文理大学 人間生活学部 建築デザイン学科 教授 上田泰史先生
Vol.04 大阪大谷大学 人間社会学部 人間社会学科 教授 藤原崇先生